鍋のある食卓
第四話
平成初期の練馬極狭社宅に独身寮時代の顔見知りが転勤で続々結集。
学生の寮だか、新婚所帯だか、なんだかわからないおんぼろ団地の物語。
書きたいことでもあるし、書きたくないような気もする。
最近でこそ、たくさん飲み食いできなくなりましたが、学生の頃は、いつも腹が減っていました。
中学生の長男を焼肉食い放題に連れて行くたびに、頼もしく思います。
お父さんは、絶対にモトがとれないんだから、その分はお前が取り返してくれよ、ってね。
叱られて 泣き寝入るのも ママの膝
かぼす
ゴルフボールより一回りおおきいくらい。
完熟すると皮が薄くなり、堅くなる。
若くて、青くて、汁があまり出ないものもいいが、
収穫して一月以上たったものはたまらない。
大分県は麦焼酎が盛んだが、かぼすを割って飲むことはあまりしない。
刺身に、かぼすを絞って食べるひとはたくさんいる。
スッポン
大分県から直送ではなくて、2件ほど、「パス」されて、我が家に届いたスッポンの鍋の話。
これは、平成2年の冬のこと。
初めての、娘の誕生日の後だったから、おおよそ1月20日頃か。
子供の成長に重ねるようにして、生活の記憶が積み重なります。
そして、引き出すことが出来ます。
スッポンで有名な大分県安心院(あじむ)町。
ここで、ぼくは生まれたのだそうです。
静かで、穏やかで、夢の中の理想郷のような町です。
3年前にも数日行きました。
そのときにも、いい町だなとしみじみと思いました。
こういうところですごした少年期の記憶は、かけがえのないものですが、同時に、もうそこでは暮らすことが出来ず、生活のためには東京に通勤できる場所に住むしかないのが、悲しかったりします。
記憶の中の安心院は秩父市内に似ています。
この近所でいうと、北野天神のあたり。
ここに住む親戚から、クール宅急便で、スッポンが届いたのです。
送ったから、受け取って!
ですって。 「スッポンちゅうのんは、かめじゃから、私は食べたことはないけど、きびがわりい(気味がわるい)のんで、あぐるわ(あげるよ)。」
そう。大分県の人は必ずしも、関さばを食べて、スッポンを食べて、フグを食べているわけではないんです。
ぼくも、それまでに一度だけ、スッポンの生き血をワインで割ったものを飲んだことがあり、生き延びるためにだったら好き嫌いは言わないが、なるべく近づかないことにしていました。
子供の頃、川で30センチもあるスッポンを捕まえたことがあります。
魚をすくうつもりで川岸で遊んでいて、浅いところにある石が動いた、とおもったら大きなスッポンでした。
安心院の家には、いろんな人がいて、その中の一人が、料理屋に売ってきてくれました。
そのお金は、ひと夏を子供がリッチにすごせる金額でした。
たぶん100円札を5枚くらい(毎日の小遣いが10円だった頃。少年サンデーが30円だった頃)。
あれから、40年。水族館でも見たことのないスッポンと、ご対面か。
しかし、送ってこられたんじゃ仕方がない。逃げようがない。
ばらばらの死体は、カラごとぶつ切りにされて、真空パックにされておりました。
スッポンのスープというものが別についており、スッポン料理の仕方という説明書が入っていましたが、なにぶん十数年も前のことで、よく覚えてはおりません。
が、このスッポン鍋、ものすごく旨かった。
スッポンなど食べたことも見たこともないという、同じ社宅の酒盛り仲間にお集まりいただいたのだが、「カメだと思うと気持ち悪い」とか、「でもまずくはないよ」とか、「肉を食べた気がしないから鶏肉を足そう」とか、いろいろと勝手なご意見、ありがとうございました。
そのうち、朝鮮人参の入った酒があるとか、イナゴの佃煮があるとか、ホヤの塩辛があるとか、珍しい食べ物をめいめいが自宅の冷蔵庫などから探してきて、アパート形式の社宅で、人間関係がうまくいっていればこその醍醐味を味わいました。
今となっては、人間関係が希薄な生活になっているので、懐かしく思うし、失ったものの事を残念にも思います。
当日は呑んだくれてしまって雑炊まで進まなかったので、次の日の朝、二日酔いにもかかわらず雑炊ごときを食べにわざわざ再訪していただきました。
精がついたかどうかというのも、朝酒の話題でしたが、誰も精がつかず、飲みすぎただけという報告でした。
ただ、酔っ払って寝ちゃったことを、日頃は不問にする奥様から、この日に限って叱られたという話がF君からあり、「それはスッポン神話に○○ちゃん(奥様の名前)が期待したんだよ」という結論に至りました。
皆様、ご苦労様でした。二日酔いで苦しみながらも、スッポン雑炊で精をつけて、朝からまた酒を飲むのは、ぼくらが馬鹿らしいのか、スッポンのなせる業か?
スッポン鍋の教訓。
「他の鍋よりも精力がつきやすいのかどうかわからないが、酒はたくさん必要です」
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